第1章 第12節 絶対領域の策略 ―スマホ・ロックと乙女の秘密―

私は急激に襲ってきた頭痛から逃れるため、眉間をもみながら聞いた。

「莉緒。つかぬことを聞くが、俺はスマホをロックしていたはずだが?
なぜ、俺はお前のスマホに追跡されているんだ?」
だが莉緒は、夕闇の中で花の蕾が綻ぶように微笑んだ。

「え?先生、何のことですか?(すっとぼけ)」

「何のことですか?
じゃないわ!!
どうやって俺のスマホロックを外した?!」

「えー、ひ・み・つですよ、そんなの。
乙女の秘密です。
教えて欲しかったらナガラガワフレーバーでブルーシールアイスも付けてください。
もちろん瀬織ちゃんのも、です。」
夕闇の迫る刻限、莉緒様の瞳がいたずらっぽく、しかし捕食者のような煌めきを湛えて細くなりました。
 莉緒様の声にはつかさ様の持つ深淵のような「完成された魔性」とは違う、未完成ゆえの「今、この瞬間の欲望」に忠実な、少女ならではの残酷な可愛らしさが宿っておられたのでございます。
教えてほしければ、対価を払え・・・・・。
未だ形を成さぬ至誠塾に、莉緒さまという名の「小さな独裁者」が誕生した瞬間でございました。

「な、な、なぜ・・・・瀬織の分まで・・・・?!」

「いいんですか?先生。
スマホロック解除の秘密、知らないままでも・・・うふふ。」

私の背中に一筋の冷たい汗が流れた。
「(この短かい間に莉緒が「取引」という名の術式を身につけたというのか!!?なんでこいつはここまで小悪魔になった?!
俺か?!
俺の指導が間違っていたのかっ?!)
し、し、仕方がない。
だが今日は岐阜タンメンだけだ。今は持ち合わせがない。」
私は最後の防衛線を張った。しかし莉緒の「追撃」は無慈悲であった。

「えー?先生、昨日スマホのPayPayに12,000円ほどチャージしてますよね?
ちゃんと残高があるじゃないですか。
余裕ですよ。ブルーシールアイスの2つや3つ。」

「お、お、おまえ、なんでそれを・・・・(絶句)」

すん、として無表情で言い放つ莉緒様に言葉を失い、絶句する先生。スマホの奥底に隠した「PayPay残高」までをもすでに掌握されているという事実。
物理的な暗殺者の気配さえ察知する先生の感覚が、自らのスマートフォンの「最深部(ウォレット)」にまで及んでいた莉緒様の指先の前には、完全に敗北してしまわれたのでございます。

12,000円。
その具体的で、かつ「ちょっとした贅沢なら可能」という絶妙な数字。
「ひ・み・つですよ。うふふふ。」

「(・・・・・・くっ!俺の管理能力は、女子高生の好奇心の前にはこれほどまで無力だったのか!)分かった。ブルーシールまでだぞ!いいな!」
先生が味わっているのは経済的損失という焦りではなく、己の「全方位警戒」が愛弟子に筒抜けであるという、心地よき絶望だったのでございます。

「えへへ。だから、先生好きー。」
莉緒様は無造作に先生の鍛え上げられたその腕に、自らの柔らかく細い腕を絡ませたのでございます。 無邪気なのか、計算ずくなのか・・・・・。
悩むのをすでにあきらめてしまわれた先生の耳元で、その「好きー」という言霊が、夕風に溶けていきます・・・・・。

しかし、莉緒さまはいつの間にこんな「小悪魔」になってしまわれたのでしょう・・・・?

私は莉緒の父親に自分の弟子教育の不明を胸中で詫びた。
「(お父さん、申し訳ありません。莉緒が統御不能に陥っています。お許しください。)」
呆然としながらも、今この腕に伝わるみずみずしい少女の体温を拒絶できない。
先生は長良川のせせらぎを聞きながら、自らの「威厳(プライド)」と「残高」がブルーシールのアイスのように甘く溶けて消える未来を、静かに受け入れるしかなかったのでございます。

「(またPayPayにチャージをせねばならない。困ったもんだ・・・・・。)」
私は長良川のせせらぎを聞きながら、自らの財布(デジタル)が莉緒のために空になる未来を、静かに、そして確実に覚悟したのである。

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