グランドホテルのラウンジ。 先生の「至誠」を喰らい尽くすかのような、つかさ様の論理の奔流は止まりません。
「先生。私、受付嬢としても優秀ですわよ?
その合間に先生の狂気を実現する演算を済ませてみせましょう。
仮採用、いかがです?
必要でなくなったら、いつでも追い出してくださって構いません。
別の形で先生をお支えするだけのことです。」
つかさ様は誘惑ではなく、先生に冷徹な事実のみを提示されたのでございます。
「先生、既に「賽は投げられた」のですわよ?
覚悟をなさった方がよろしいですわ。ふふふ。」
私は口をパクパクさせながら、反論の言葉を探した。だがすでに私の最終防御線はつかさの圧倒的な「攻め」に屈しようとしていた。彼女の提示した「救国のグランドデザイン」のブループリントが抗いがたい魅力をもって私を真綿のようにゆっくりと、しかし確実に締め上げてきていたのである。
・・・・・とその時、ふいに鼻がムズムズしてきた。
「っくしっ。なんだ?誰か噂でもしているのか?」
突然のくしゃみ。張り詰めた空気が一瞬、緩む。
「うふふ。先程エントランスに駆け出した莉緒さんではございませんこと?
追いかけてあげてくださいな。先生の「かわいい」門下生、でございましょう?
本当にみずみずしくて、初々しくて、可愛らしいですわ。」
つかさは眼鏡の奥の瞳を妖艶に光らせ、すべてを見透かしたように微笑んだ。
「改めて、明日先生の治療院に伺います。
場所はもう存じておりますから案内は不要です。
先生がお嫌なら追い返してくださいませ。
でも私、執念深いですよ?うふふふふ。」
「(……完敗だ)」
つかささまの粘り勝ちでございました。先生は内心で白旗を上げておられました。先生とのファーストコンタクトでの関心の掴み方、救国のグランドデザインと具体的なプロセスの明示、そして先生が投げつける全ての問いへの明快な論理。
それはまるで、言霊を介した武術の手合わせのようでございました。
結果は先生ご自身が「敗北」と認めざるを得なかったのでございます。
莉緒さまの絶叫が金華山の山嶺に溶け去る一方で、つかさ様の指先が刻む「カチッカチッ」という乾いたタブレットを操作する無機質なタップ音だけが、先生の腕時計の秒針の動きに呼応するように冷徹に上書きしていました。それはあたかも先生の敗北を確定させるカウントダウンのように響き、同時に古い時代の終焉と未知なる運命からの支配の始まりを告げるリズムにも聞こえたのでございます。
すでに先生はつかさ様に抵抗する気力を失っておられました。
「そこまでいうのなら・・・・・。」という気持ちにまで押されていたのでございます。
先生はつかさ様の話にいつの間にか魅入られてしまっていたのです。
「分かった。本当に無給だぞ?いいんだな?」
最後の抵抗として、私はしつこく念を押した。
「(ま、この美貌と人当たりの柔らかさだ。うちの治療院で受付の花になってくれるだろう。
それにつかさ目当てで、下心を持った患者が増えるかも知れない。)」
そんな下卑た計算が私の頭に浮かんだ刹那、つかさがまたもや私の思考を遮った。
「先生。私、客寄せパンダでもよろしくてよ?うふふふ。」
またもや機先を制された。
この女、リアルタイムで私の思考の全てをスキャンしている・・・・・
その言葉は私の脳内に直接、情報として書き込まれたかのようだった。私のプライバシーという名の薄い膜を彼女の知性がずかずかと蹂躙していく感覚。
私は己の思考が彼女の演算リソースの一部になってしまっていることを、認めざるを得なかった。
「(・・・・・やられた。)」
深いため息と共に先生は決意されました。
今だ形を成さぬ至誠塾へ、最強にして最凶の「参謀」が降臨した瞬間でございました。先生はこの捉えどころのない「知の怪物」を受付嬢として、ご自身の治療院に受け入れることになってしまったのでございます。
受付という仮面の裏で、彼女がどのような救国のブループリントを描き始めるのか?
先生は深い溜息と共に、「毒を食らわば皿まで」の覚悟を静かに飲み込まれたのでございます。

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