「うふふっ。莉緒さん、可愛らしい子ですわね、先生。私存じ上げておりましてよ?彼女が先生の匿名投稿で明かされた、「救国のトリガー」でございましょう?」
「あんた、どうしてそれを・・・・・っ!?」
私は莉緒の名を一度も彼女には明かしてはしていない。私の背筋に氷よりも冷たい戦慄が走り抜ける。
「先生、チラチラと私から視線を外し、しきりにあの柱を気にしていらっしゃいましたわよね?その視線には子供のいたずらをたしなめる「父性」が垣間見えましたわ。
先生の視線の行き先とこのラウンジの構造、柱の配置からおおよそ距離は分かりましたから、そこに届くように視線と声の届かせ方を少し工夫しただけですわ。
場違いな女子高校生がこのグランドホテルのラウンジにいらっしゃる。そして、その視線はあなたを捉えていた。
そして、あなたの匿名投稿で「秘蔵っ子」ポジションの門下生とくれば、それは莉緒さんしかいらっしゃらないではないですか?容易な演算ですわ。
うふふふ。名簿? 私にかかれば即座に提示可能ですわ。
ご心配なく。私の行動はすべて『許されて』おりますから。」
つかさは手元のタブレットから視線を上げることなく、銀縁眼鏡の奥で淡く微笑んだ。
「容易な演算ですわ」
つかさはそう言ったが、その指先はまるで鏡の破片を探し当てる磁石のように迷いがなかった。名簿という物理データを超えた、何か得体の知れない「縁(えにし)」をハッキングされたような感覚に、私は総毛立った。
私は後日、この二人の響きあいが勾玉の真理が鏡に照射されたことで生じたものであったことを知ることになる。つまりこの邂逅は計算、いや仕組まれていたものだったのだ。
「許されている」
その響きには、現世の法律や倫理が介在する余地など微塵もなかった。
まるで天界の決定事項を淡々と述べる神使(しんし)のような、厳かさが宿っていた。
傲慢ですらない。『当然』という響き。
私は自分の目の前にいるのが人間なのか、異界から私の前に突如現れた「モノ」なのか、分からなくなってきた。
「(……この女、只者ではない!)」
得体のしれない不気味さとそれを上回る好奇心に、私の生存本能がアラートを発している。近づくな、危険だ!と。
この女、私との対話の最中、しきりにタブレットを操作していたが、莉緒を特定するためだったのか!
私との対話を優雅にこなしながらマルチタスクで情報をサーチし、解析していた、だと?!
この女は私に向かって優雅に詳細かつ綿密な、「救国プロジェクト」のブループリントをプレゼンしながら、ついでの作業の様に、指先一つで現実をスキャンし、解析し、莉緒という存在を完全に特定していた。 優雅にお茶を飲み干すその仕草とは裏腹に、彼女の脳内では数万のデータが火花を散らしている。
・・・・ありえないスキルだった。この女の頭脳はスパコンか?それも情報の海へといとも簡単にダイブ出来る、高度で高速な通信回線付きの・・・・。
「どうです?この力、お役に立ちますかしら?」
私は身の内が震えた。恐怖ではない。未知の知性と対峙した武者震いであった。
ごくり。
私はカラカラに干上がった喉をかろうじて鳴らした。抗いがたい好奇心が勝った。私はつかさの存在を受け入れ始めていたのである。
「(この女の「演算」があれば、俺が独りで背負ってきた「救国」という途方もない野望でさえ現実にできるかも知れない。だが、その正体はあまりに暗くあいまいだ。この女の真意が掴めぬ。警戒心は解けない・・・・。)」
誘うような、しかし断ることを許さぬような、魔性の微笑み。
つかさが放った次なる一手は、私の想像を絶するものであった。
つかさはとんでもないことを言い出したのである。

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