第1章 第5節 莉緒の困惑と金華山への絶叫ー大和撫子の卵、殻を破る絶叫ー③

つかさ様の優雅な「お誘い」という名の先制攻撃。
それが、莉緒様の心にある「自分だけの特別」という名の防壁を、跡形もなく粉砕しました。
そのお誘いに莉緒さまは反射的にすくみ上がりながらも、即座に我に返ると脱兎のごとくホテルのエントランスに向かって駈け出されたのでございます。

逃げ出した莉緒さまの視界は、恥ずかしさと悔しさで滲んでいました。
最初から見抜かれていた。
聞き耳を立てていた「子供」として、余裕の微笑みであしらわれた。
羞恥心のボルテージが上がり足がもつれるのも構わずに、グランドホテルのエントランスを飛び出しても、止まらず駆け抜けていかれたのでございます。

「(なんなのっ!いったい、なんなのよっ!あの人!!
最初から莉緒がいること、分かってたの?!
聞き耳を立てていることを咎めるどころか、優雅にお茶に誘うなんてっ!
なんなのよっ!あの余裕はっ!
莉緒、どうしていいか分かんないじゃない!
恥ずかしい!恥ずかしいーーーーっ!)」

勢いを落とさず長良川の河畔に辿り着き、目の前にそびえ立つ金華山がその巨大な影で彼女を包み込んだ時、ようやく莉緒さまの疾走は止まったのでございます。
両膝に手を付き、肩で息をして弾んだ息を整えておられました。

「はあっ!はあっっっ!・・・・・。」

莉緒さまは上がった息が落ち着くと、ようやく我に返りポツリと申されました。

「(あんなに、きれいに先生と響き合える人がいる・・・・・。)」

荒い息の中で莉緒さまの脳裏に焼き付いたのは、自分が入る隙間のない「二人の完成された空間」。そして先生を圧倒し、包み込んでいた、あの濃紺、勝色のオーラでございました。

「(あの人のオーラ、先生のオーラに一歩も引かないどころか、逆に先生を圧倒していた。それも刺々しい嫌なオーラじゃなくて、包み込むような優しいオーラ。)」

「(あんなキレイで賢い大人の女性を見たら、莉緒がまだまだ子供みたいじゃない!)」

「(でも・・・・・。先生の目、いつもの莉緒を見る目に戻ってた。困ったような目、してたな・・・・。)」

先生に向けた自らの幼稚な独占欲。
それを「困ったような目」で見つめていた先生。
正気に戻るとしょんぼりと、うなだれる莉緒さま、ですが・・・・。
そこは「恥ずかしい」まま、終わらないのが先生の元で「武」を磨いてきた大和撫子の意地でございます。

次の瞬間、彼女の瞳に宿ったのは、自らを静かに燃やす青い炎。

羞恥に震える膝を叱咤するように「騎馬立ち」の重心で押さえつけ、仁王立ちとなられました。
大地からの重力が両足に宿り、敢然と立たれると・・・・・。
道場で鍛錬しているごとく背筋が通り、丹田に力が満ち、いつもの莉緒さまに立ち戻られたのでございます。

そして胸の中にわだかまる羞恥を一気に宗気へと変換されると・・・・・。

「先生のバカーーーーーっ!!!」

両手を口元に添えると、喉が張り裂けんばかりに絶叫されたのでございます。 
長良川を越え、金華山の山肌を震わせ、その反響はホテルのラウンジにまで届くほどの、魂からの咆哮でございました。

「莉緒をいつまでも子ども扱いしないでーーーーーーっ!
莉緒だって……莉緒だってぇーーーーーーっ! !
もっと素敵になるんだからぁーーーーーーっ!!!」

叫び終えた莉緒さまの頬を長良川を渡る、川面の風が優しく撫でていきます。
彼女の「幼き」殻が割れました・・・・・。
少女の「鏡」は今、より強く、より気高く、至誠を映し出すために磨き直されたのでございます。

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