莉緒はな、本当に俺を父親のように慕ってくれた。
実の父親よりはるかに年嵩の俺に、練習の合間には「せんせい!せんせい!」って子犬のようにまとわりついてな。
日本神話の女神さまの話を聞きたがったんだ。
他の子どもたちは最新のゲームの話で盛り上がっている横で、莉緒は図書館で借りてきたらしいボロボロの『日本のかみさま』っていう絵本を広げるんだ。
「せんせい、せおりつひめさまって、どんなかみさま?」
「はらいど(祓戸)のかみさまって?」
「アマテラスさまってスゴイかみさまなの?」
そう聞かれた時、莉緒の瞳がスカイブルーの透明な色彩を宿したように輝いてな、まるで水源の底のように深く、透き通ったのを俺は見逃さなかった。少しだけ解説してやるとな・・・・それからだな。俺の道着の裾を掴んで離さなくなったのは・・・・(遠い目)。
ただな・・・・莉緒は頑張り屋さんだったが、驚くほどドンくさかった(苦笑)
受け身を教えてもな、何度やっても、ゴロゴロと横向きにしか転がれなくてな。
よく怪我もした。打撲、脱臼、捻挫・・・・
そのたびに俺の治療院に来てな。治療を受けていくんだが・・・・
この娘、ちっとも帰らないんだよ。
「せんせい!せんせいの手って不思議だね!触ってるだけなのにスーッと痛みが取れちゃう!なに?魔法なの!すっごいねー!どうして治せるの?!」
「莉緒。せんせいは治しているわけじゃないんだよ。」
「・・・・・どゆこと、なの?」
「人間の体はな、そのままで完成形なのだ。難しい言葉で「恒常性の維持」とか「ホメオスタシス」っていうんだがな、もともと自然治癒能力が備わっているんだよ。」
「???????」
「・・・・・ああ、莉緒にはまだ難しかったな。簡単に言えば人間は生まれつき自分で自分を治す力を持っているんだ。せんせいはその力を引き出せるようにお手伝いしてるだけだよ?魔法でもなんでもない。」
「でもさ!でもさっ!痛いのがすぐ取れちゃうのはホントだよ!お父さんやお母さんにさすってもらうのとは全っ然ちがうもの!せんせいはスゴイよ!」
湿布の匂いが漂う、夕暮れの静かな診察室。莉緒への処置を終える。
「もう大丈夫だぞ、莉緒」と包帯を巻き終えても、莉緒はベッドから降りようとしない。
俺の掌をその小さな、温かい両手でギュッと握りしめてな。
「ねー、せんせい。せんせいは痛がる人をいっぱい治してるけど・・・・せんせいの「痛いの」は、だれが治してくれるの?」
不意に投げかけられたその一言に、俺の心臓が一瞬、跳ねた。そんなことはついぞ考えたことがなかった。俺は癒す側であって癒される資格などない。そう信じてきたからな。あの絶望の日以来・・・・・。
忘れかけていた俺の心の傷に莉緒は触れた。だが不思議と不快感はなかった。むしろ「ああ、そうだった。」と俺が逆に気付かされたくらいだったからな。
莉緒が俺の治療院に来る度に、俺の方がその小さな温もりに救われていたのかもしれないな。
そんなことを、今さらながら思い出していたんだ。

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