ラウンジの落ち着いた空気の中、しばし、つかさの話を片手をあげて遮り、私は柱の陰からチラチラとこちらを伺っている莉緒にあえて視線をぶつけてやったのである。
「あんた、少し待ってくれ・・・・・。」
「(まだまだ子供だな。まるで気配が消せておらん。おっ、気付いたようだな?案の定、身動きが取れんか。お前が後をつけてきたことぐらい、とっくに知っているわ。いたずらっ子にはお仕置き、と昔から相場が決まっておる。さてどんな「特訓メニュー」を組んでやるかな。調子に乗っている「子供」にはお灸が一番だ。ふふふ。しかし莉緒め、なぜ俺の所在が分かった?)」
盗み聞きする愛弟子をたしなめようと、口を開きかけた。
その刹那、私の正面に座る「知の権化」が、その場の空気を制するかのように口を開いた。
「莉緒、さん、かしら?はじめまして。
柱の影にお隠れのようですけど、気配がまるで消せていませんわよ?」
「(なんだと?この女、俺の心が読めるのか?その上、莉緒の気配を既に察知していた、だと?莉緒が隠れてる柱まで5mいや6mはあるぞ?
武術家には見えんが、なんという勘の良さだ!その声は、決して大きくはない。 なのに、まるで耳元で囁かれたかのような鮮烈さで、5メートル先の莉緒を正確に射抜き、莉緒がすくみあがった。
この指向性の高さ、訳が分からん。単なる気合とは違う・・・・。)」
周囲の客は、誰一人としてその異変に気づかない。 ラウンジの喧騒をすり抜け、特定の対象、つまり莉緒にだけ音声情報を叩き込む。 それはカクテルパーティー効果を逆手に取った心理操作なのか、あるいは独特の発生法で莉緒まで音波の指向性を収束させたのか?
その声は、決して大きくはない。なのに、まるで鼓膜を介さず脳髄に直接書き込まれたかのような鮮烈さで、5メートル先の莉緒を正確に射抜いたのだ。
莉緒が彼女の声に反応するようにビクンと跳ね上がったのだ。決して偶然ではない。
「(馬鹿な・・・・。俺が莉緒を射ぬいた『視線での武の威圧』を、この女は『言葉一つ』で無効化し、塗り替えたというのか?!)」
「こちらへいらっしゃい。
先生とはあなたが心配するようなことは何もありませんわ。
お近づきの印に一緒にお茶でもいかが?うふふふ。」
誘いの言葉でありながら、それは逃げ場を奪うチェックメイトだった。
私は莉緒のいる柱の陰に向けた彼女の涼しげな横顔に戦慄を覚えた。
彼女は武術家ではない。
だがその身体操作、その脳内演算は既存の「優秀」という枠組みを遥かに超越し、また単なる「優秀なビジネスパーソン」のレベルを超え、もはや「天賦の才」の領域に達していた。
「(一体……何者だ、この女は!)」
つかさが垣間見せた驚異的な能力への私の驚愕をよそに、柱の影で石化した莉緒の「震え」が、空気を通じて伝わってくる。 莉緒(鏡)が自分の存在を完全に見透かす、つかさという勾玉と出会った瞬間であった。未熟という鏡の曇りを清冽な勾玉の光が突き抜いたのである。
……莉緒さまの『特別』は、もうどこにもございませんでした。 先生の視線に射抜かれた怯懦も、必死に気配を消していたはずの「盗み聞き」も、つかさ様の『慈悲の微笑み』の前では、逃げ場を失った子供の児戯に過ぎないところまで、無残に矮小化されてしまったのですから。

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