莉緒は、俺の話を何でも聞いてくれた。せがまれるまま俺はいろいろな話をした。
武術の理(ことわり)、神々の系譜、人体という小宇宙の構造・・・・。正直、内容なんて二の次だったのかもしれない。俺を見つめる、あの大きなくりくりした瞳、熱心に頷く小さな口元。俺は、あの子に語ることで、自分自身の止まった時間を動かしていた。 莉緒との時間は戦場のようにあわただしく過ぎ去る日常の中で、俺に許された唯一の「安らぎ」という名の聖域だったんだ。
莉緒は道場では「せんせい!」と弾けるような声。だが、治療院が夕暮れ暮れなずむころ二人きりになると、あの子の声は「せんせえ……」と、甘えるように、はにかむように形を変える。その、ほんのわずかなイントネーションの揺らぎが、俺の乾ききった心に温かな水のように流れ込んできた。
莉緒はご両親が会社員だったが、しっかりと莉緒を躾けておられてな、そのせいなんだろうな、莉緒は親しくなったからと言って、俺との距離を他の子どものように無遠慮にずるずると詰めては来なかった。
俺は最初ただの「はにかみ」かな?と思っていたんだが、違ったんだ。
あの子は、あの子なりに俺という人間に敬意を払い、全身で甘えたい衝動を小さな胸の内で必死に抑え込んでいたんだよ。
俺も武術家の端くれだから、対峙した相手の「気」を読むのは呼吸するのと同じだ。感情を読むのは望診と同じ。ましてや子供だ。大人以上に純粋で、隠しようのない「気」が、俺の五感を打つ。
技術と知識というのはこのように地続きでなければいかん。ははは。
莉緒はいつも、俺の前に立つと今にも踏み込んできそうな烈しい「気」を放っていた。
「一歩踏み込みたい。でも、拒否されたらどうしよう?」
元気と不安がないまぜになった、その震えるような「気」の揺らぎ。
ある日俺はその健気な「気」に耐えられなくなってな、無造作に両手を広げていた。
「莉緒、おいで」
その瞬間、莉緒の顔がぱあぁぁっと、まるで朝露に濡れた花が開くように輝いた。
「せんせえっ!」
一気に俺の胸に飛び込んできた、その確かな重み。柔らかな温もり。
その瞬間、俺の脳裏には、別れたあの子たちの幼い感触が、不謹慎なほど鮮烈に蘇ってしまった。
・・・・ただ俺は、声が出なかった。
そして莉緒を抱きしめる腕に力が入るのを止められなかった。莉緒は俺の沈黙に気づいたんだろうな。俺の胸から、ひょっこりと顔を上げて言ったんだ。
「せんせえ・・・どうして泣いてるの?りお、頭突きしちゃった?いたかった?」ってな・・・・

コメント