第1章 第3節 莉緒の困惑と金華山への絶叫ー鏡の目覚めー①

ホテルのラウンジ。 いつもは先生の「至誠」に一番近い場所にいるはずの莉緒さまにとって、その空間が突如として、未知の「異界」へと変貌したのでございます。

「(先生・・・・。そのひと、誰なんですか?患者さんじゃないし、親しい知り合いという感じでもない・・・・・。あんな、真剣な先生の表情、初めて見た・・・・。あんな表情、先生でもするんだ・・・・。私の知らない先生の別の顔・・・・・)」

柱の影から覗く世界。

そこには莉緒さまの知らない「先生」がいました。 患者さんに向ける慈愛でもない。莉緒さまに向ける、あの困ったような、でも温かい保護者の顔でもない。 真剣勝負。 抜き身の刀を突きつけ合っているような、そんなヒリつく空気が、二人の間から立ち上っているのを莉緒さまは感じ取られたのです。。

「(あのひと、すっごくかわいい。ううん、じゃなくてキレイ・・・・。キレイなのに大人の気品が漂ってる。放つオーラが周りの人とは桁違い・・・・。先生が教えてくれた「たまゆら」とすがすがしさは似てるけど・・・・・それよりももっと強い光を放ってる。)」

先生の対面に座る人は、あまりに「完成」されておられました。 武の奥義に未だ至らぬ莉緒さまの目にすら、その立ち居振る舞いに一点の隙も見出せなかったのでございます。

莉緒さまが先生から学ばれた「たまゆら」。人の至誠に感応して、神界から降される「是」の徴(しるし)、そして心の微細な揺らぎの現れ。 莉緒さまが目にした「お姉さん」から立ち昇る光は清冽でございました。

例えるならば、穏やかな水面に生じる波紋の揺らぎ(たまゆら)などではなく、天から降り注ぐ峻烈な直霊(なおひ)のごとき輝きとして、莉緒さまの瞳へ焼くほどに強いものとして映ったのでございます。

「(あ、先生が眉間にしわを寄せた・・・・。先生がむつかしいことを考えているときのクセだ。それなのにあの人は平然としてる。なぜ?なぜ先生をそこまで考えさせて、そのように落ち着いていられるの?もしかして、先生よりも「賢い」人なの?莉緒よりすこし年上くらいなのに・・・・・でも、一体どんな話をしてるのかしら?気になる・・・・)」

先生の眉間に次第に深く刻まれていく縦て皺。

それは難解な真理と格闘している証。 

なのに、その皺の奥で先生の目が、魂が・・・・喜んでいるのを莉緒さまは読み取られたのです。 莉緒さまが稽古をつけてもらっている時よりも、莉緒さまと笑い合っている時よりも、 激しく、高く、かつてない密度で、先生のオーラがその人と「響き合って」いました。

「(莉緒に向ける、優しい優しい目じゃなくて、すごく怖い目をしてる・・・・。先生、道場でもあんな目、しないのに・・・・・)」

「(でも先生、怖い目をしてるのに、喜んでるオーラが見える。なんなの?私の目がおかしいの?先生、「たまゆら」の見方、接し方を教えてくれて、気の読み方を教えてくれて、それが瀬織ちゃんが言ってた「オーラ」と一緒だってことに気がついて、私「見えるように」なったけど・・・・・。これ、分かんない!大人の対話ではこんな風にオーラが舞うの?先生に喜ぶオーラを出させるなんて!私だけの「特別」だと思っていたのに!)」

莉緒の偵察、先生にみつかる

「(莉緒と同じ、ううん、莉緒と話す時以上に先生、喜んでる。そこに導いているのが、あの「キレイなお姉さん」だなんて!なんか、いや!先生の嬉しそうなオーラが引き出せるのは莉緒だけのはずなのに!……ずるい。ずるいよ、先生。先生の「うれしい」は莉緒だけのものなのに!・・・・・・でも、本当にキレイな人。隙がない美しさってああいうのをいうのかな?莉緒の幼さが恥ずかしくなっちゃうくらいの美しい「オーラ」。・・・・・莉緒、どうしたらいいの?)」

莉緒さまの心の中で何かが、パリンと音を立てて割れた、……そのように見受けられました。それは、莉緒さまが自らの中で大切に育んでおられた「特別な私」という名の脆き鏡。

その破片が胸に刺さって、チクチクと痛む。 あのお姉さんの「隙がない美しさ」に、莉緒さまは自分の幼さが裸にされた様に受け取られ、顔を覆いたいほどの羞恥を感じとられたのです。

「(あ、先生こっち見た!やばっ!いつものことだけど、何であんなに勘が働くの?!もう遅いかも知んないけど、逃げなきゃ!またお説教されるー!先生の話、最近むつかしんだもん!)」

射るような視線。

武術家として研ぎ澄まされた五感。 

いつもの莉緒さまなら「やっちゃった!」と軽く笑って、ペロッと舌を出すところなのですが・・・・。 今はその視線から逃げ出さなければ、莉緒さまの心が全部壊れてしまう、そんな不安が莉緒さまを包んだのです。

莉緒さまは脱兎のごとく駆け出そうとされましたが・・・・・、自らの「恥ずかしさ」と師匠の鋭い視線に射すくめられてしまったのでございます。

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