莉緒はな、俺の治療院に治りに来るんじゃない。あれは未知の情報、新しい世界へ掻き立てられる好奇心に「わくわく」しに来てたんだな、今思うとな・・・・(遠い目)
一生懸命、外の世界への好奇心の羽を伸ばす、まだ羽ばたくことすら知らぬ雛鳥のようなもの、だった。そんな雛鳥が俺の治療院に迷い込んできた。
うれしかったな。
待合室の片隅には、俺が趣味で置いた『古事記』や神話の絵本がある。
莉緒はそれを、まるで宝の地図でも見つけたかのように、その透き通った瞳をキラキラと輝かせて読み耽っていた。
その姿が夕暮れの西日に照らされ、施術室に影法師として落ちる時、俺はふと、この場所がただの治療院ではなく、彼女のための「聖域」に変わったかのような錯覚に陥っていたんだ。
俺の施術室には神棚がある。
俺の日課で仕事を始める前の「天津祝詞」を奏上していた時のことだ。
ふと気配を感じて振り返り、目を開けるといつの間にか莉緒がいてな、俺の背中をじーっと見つめていたんだ。施療時間前だというのに、莉緒は俺が仕事を始めるのを待ちきれなかったんだろうな。あ、ちなみに俺の治療院は土日、祝祭日も患者さんを受け入れている。世の中、忙しすぎてな。休みの日でないと自身のメンテナンスも許されぬのは社会の仕組みとしてどうかと思うが、ま、これはまた別の機会にでも語るとしよう。
だから、莉緒が来たのは世間的には休日、だったんだろう。
でな、莉緒がいったんだよ。
「せんせい! いまね!せんせいのまわり、すっごくきれいだったよ!」
次に続く言葉に俺は驚愕した。
莉緒が弾んだ声で続ける。
「いまね!いまね!せんせいのまわりに光のたまが、ぽわぽわ浮かんでんの! これなに? あのぽわぽわってねー、りおのおうちの近くの神社でも遊んでる時によく見るよ!」
俺は言葉を失った。
俺が血の滲むような修行の果てに、ようやく「気」として、あるいは「祈り」として感知しようとする神域の断片。それを、この娘は道端でたんぽぽの綿毛を見つけたように、当たり前の日常として愛でている。
この娘は、生まれながらにして日本の神々に愛され、その懐で遊んでいるのだ。
その無垢なる神性にふれたとき、俺は彼女の師としての矜持を超えた、ある種の「敗北感」と、それ以上の「法悦」を感じていたんだよ。

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