第0章 第10節 莉緒 武術道場に入門を許される

「いえ、構いません。不純な動機でなければ、私から止める理由はありません。先程も申しました通り入門の動機は人それぞれですから・・・・。むしろ純粋すぎる動機ほど、時としてそれが刃となり己を傷つける。その刃を納める鞘をここで養い、身につけたら良いのです。ご安心ください。私がその様に導きます。」

そして瞳に涙を浮かべ、固く唇を引き結んだ莉緒に私は再び尋ねた。

「りおちゃん。君の決意が固いのは分かったよ。私はここではみんなに武術を教えているせんせい、だよ。りおちゃんは私のことを「せんせい」って呼べるかな?」

「うん!言えるよ!!せんせい!わたちにぶじゅつ!おしえてください!」

少女はまだ私が教えてもいないのに、その涙を振り払いながら、私に向かって頭を下げ、子どもとは思えないほど立派な立礼をしてみせた。

案の定、まだ緊張しているせいなのか滑舌は悪いままだ。だが・・・・。

(ほう、子どもとは思えん見事な「立礼」だ。いや、見事などという言葉では足りん。両手の指先がちゃんと揃い、背中は丸くなっていない。顎は引き、股関節屈曲から導かれる淀み無い重心の移動・・・・。

この「礼」は教えられてできるものではない。何よりこの歳にして肚が据わっている・・・・。

己の魂を捧げんとする切実な祈りが、その小さな骨格を通じて「武の理想」へと強制的に変位させたかのようだ。この親の躾なのか?

それとも、この子が言葉にできないという強い覚悟が現れたものなのか・・・・)

「分かった。りおちゃん。君の覚悟、いや「強い思い」は分かったよ。だからもう、頭を上げてもいいよ。今言いたくなければ言わなくてもいい。せんせいには君の気持ちが分かったからね。

でも、自分でお話できるようになったら、せんせいにだけ、そっと今のその気持を言葉にして教えてくれるかな?」

莉緒は顔を上げ、キョトンとしていたが、おそらく私の真意が伝わったようだった。

「うんっ!分かったよ!!せんせいにはおはなしするね!」

莉緒は安堵の笑顔を浮かべて力強く、私に誓ってくれたのである。

莉緒の誓いの刹那、道場の神棚の方から一迅の風が私に吹き付けた気がした。神々がその幼き誓いを後押しするように。

莉緒がその幼さ故に言葉にできない覚悟を胸に、私の武術道場への入門を決意し、私がその決意を認めた瞬間であった。

居住まいを正し、私は莉緒へ厳かに告げた。
「よろしい。莉緒。今日から私はお前のぶじゅつのせんせいだ。私のことは、この道場では「先生」と呼ぶんだぞ。いいね。」

厳しい師弟関係通達の瞬間だと言うのに、莉緒は全身で喜びを爆発させ、再び勢いよく、私に向かって頭を下げた。

「はいっ!せんせいっ!よろしくお願いしますっ!」
己の迷いが消えたのか、今度は彼女の滑舌の悪さは雲散霧消していた。

腹の底からの大音声だった。​

莉緒が立礼から顔を上げた刹那、道場の空気が一変した。閉め切っているはずの神棚の奥から、再び一迅の風が私の頬を打った気がした。それはこの幼き魂が放った至誠という火種を神域の神々が寿いだ合図であると私は確信した。

私は莉緒の父に向き直り、告げた。

「お父さん。ご息女をお預かりします。私は彼女が自身の未来への希望と可能性を諦めぬ限り、彼女に寄り添います。どうぞ私にお任せください。」

莉緒のキラキラ光る鏡のような至誠に触れたためかどうかは分からない。だが私は他の門下生受け入れの時にはついぞしたことがない行動に出てしまった。

莉緒の父へ深々と頭を下げたのである。

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