ここからは私の一人語りだ。だから一人称は「俺」になる。ほとんどつぶやきのようなものだが、記憶の解像度がその方が上がるから勘弁してほしい・・・・・・。
莉緒は頑張り屋さんだったんだ。
俺が突きを安定させるため、騎馬立ちを教えた日のことを今でも鮮やかに思い出せる。
「これからやる練習は厳しいぞ?だが、身につければ君たちの突きは確実に安定する。先生が「やめ」と言うまでやめてはいかん。いいな。」
「「はーい!」」
「ではいつも通り、両足を肩幅に開いて、拳は軽く握り、肩の高さだ。肩にも腕にも力を入れてはいかん。背すじを伸ばし、顎を引いて・・・・・お尻は突き出すなよ?膝は軽く曲げる。できたか?」
「らくしょー!」「よゆー!」「いつもやってるやつじゃーん!」「きびしーっていったじゃーん!」
「ここからは、いつもやっていることと一緒ではないぞ。泣くなよ?」
「へーき、へーき!」「らくしょーだってー!」
「では、そのまま真っすぐ腰を落とせ。太ももが地面と平行になるまで落とすんだ。腕の構えはそのままだぞ?猫背はだめだ。見つけたものはこの竹刀でつついてやる。即座に直すんだ。いいな・・・・」
「「・・・・!!」」
太ももと膝、そしてふくらはぎにかかるプレッシャーが急激に増したのを子供たちは感じ取った。いつもの中段構えとはわけが違うことを即座に理解したのだ。前にかがめば少しは楽になる。だが、私は容赦なくその突き出した顎や背中、尻を竹刀で突っつく。
「おい、顎を出すな。」「尻がでてるぞ。」「背中を丸めるな。」「腰をそれ以上落とすな。太ももは地面と平行だぞ?」
ま、空気椅子だな。普通は背中を壁にもたせかけて下半身を鍛えるようだが、武術では同時に体幹も鍛えねばならない。膝を曲げすぎると柔らかい子供の膝への牽引力が急激に上昇し、即座にオスグッド・シュラッター病のリスクが跳ね上がる。負荷の見極めが肝心だ。
一分も持たずに子どもたちから悲鳴が上がる。
「いたいー!」「やめるー!」「せんせいのおにー!」
「何を言っている?楽勝ではなかったのか?まだやめんぞ。続けるんだ。」
「「えーーーーーーっ!!!」」
俺は莉緒を見た。
莉緒だけは違った。・・・・・・・・あの細っそい足で腰を落としたまま、・・・・口を真一文字に引き結び、顔を真っ赤にして「むーっ!」と息を止めて耐えていた。膝が壊れそうなほどプルプルと震え、道場の板敷きの古い床には、彼女の額から顎にかけて流れ落ちた一滴の汗がポトリと落ち、床にじわりと染みを作っていく。
周りの小僧たちが泣き叫んでるのに、莉緒だけはな、弱音ひとつ、泣き言ひとつ吐かないんだぞ?
俺は竹刀を傍らに置き、腕を組み、冷徹な「先生」を演じていたが・・・・・あの真っ直ぐな、折れそうなほどに純粋な覚悟を目の当たりにして、鼻の奥がツーンと熱くなるのを必死に堪えていた。
(……あんな小さな体で、何を背負おうとしているんだ、お前は。)
そう問いかけたくなるのを、俺は喉の奥で飲み込んだんだ。

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