「りお・・・・ちゃん。お父さんから聞いたけど、どうして君は強くなりたいの?」
少女は私の言葉を聞いた刹那、表情を変え、キュッとそのつややかな唇を引き結んだ。
「りお、ね。つよくなりたいの。つよくならないといけないの!あたちにはやらなきゃいけないことがあるの!だから、だから・・・・・つよくなりたぃ・・・・・」
その言葉の最後は消え入るように小さくはなってはいったが、美しく透き通った双眸に涙を浮かべつつも、そこには覚悟を決めた光が宿っていた。
その幼い唇から漏れたのは、単なる子供のわがままではない。
数千年の時を経てなお日本の心を貫く『祈り』にも似た、重い言霊を私は感じ取ったのである。
莉緒を伴った男性はため息を付きながら言った。
「・・・・・数日来、こんな感じなんです。私も困ってしまって。
先日ですね、私も観るのは嫌いじゃないもんですから、youtubeで「PRIDE」っていうんですか?格闘技の動画を観ていたんですよ。そしたら、この子がじっと観てるんです、その動画を、身じろぎもせずに・・・・。
幼いなりに何か心に決めたことがあるんだろうな、とは思ったんですが、この通り何も言ってくれないんですよ。
やはりなんというか女の子に純粋に殴り合いをさせるわけにいかないじゃないですか。で、街角でこちらの道場の案内を見かけましてね。
小学生コースがあるというので、お邪魔した次第なんです。
武道なら、技だけじゃなく、立ち居振る舞いや武士道っていうんですか?精神修養にもなるかな?とおもいまして・・・・すみません。こんな浅い理解で。ご迷惑だったでしょうか?」
父親の論理は明快だ。聡明な父親である。
「殴り合いをさせるわけにはいかない」との父の言葉は理性的だが、その指先はわずかに震えていた。娘の宿命を予感し、それを止めることができない自分を彼は知性という鎧で必死に守っているのだ、と私には分かった。
娘の希望はその理由がどうあれ叶えてやりたい。
自分の娘に生じた「強さ」への渇望が、悪意や邪念から生じたものではないことをこの父親は信じている。これまでの娘の教育において、我が娘であっても「神性を宿す個」としてリスペクトを持ち、接してきたという矜持の現れである。
娘の教育において親の責任という覚悟をもしっかり背負っている。
「自由と放任」を混同し勘違いした世の多くの親とは異なり、入門希望の理由において、また教育の覚悟において一線を画していた。
そして、純粋に力のみを与えることの危険性も本能的に嗅ぎ取っている。力を制御するには理性や知性も必要であることも。
理性、知性、誠意を宿さぬ力は所詮、暴力に過ぎない。
暴力は他者だけではなく、いずれは自分をも攻撃し、自分の足元を破壊し、振るった者の人生をも破滅に至らせる。
自分の蒔いた因果の種子はどの様な花が咲き、どの様な果実を生らせようとも、それは本人が刈り取るしかいない。これが宇宙の根本原理である。
刈り取らねば、その業は一粒万倍で増殖を続け、いずれ発した者の玉の緒を断つ。この理からはいかなる大富豪といえども逃れることは出来ない。
地獄の沙汰もカネ次第というが、アレは嘘だ。カネでは因果の種子は刈り取れぬ。
・・・・・すまん。脱線した。
だが、この莉緒という『鏡』を前にして、嘘はつけない。
この子は私に『真実』しか語らせない力を持っている、そう思わせる「神性の萌芽」を私は感じ取ったのだ。

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